人間関係

毒親と気付いたきっかけは、家を出て外の世界を知ったからだった

私みたいに自分の親が「毒親だと気付いた」のは、家を出てからという人もいると思います。

 

普通は親元を離れれば、改めて、親のありがたみとやらに気付くと思います。

 

でも私は、ありがたみは一切ないとは言いませんが、

感謝の気持ちは少なく、

「やっと自分の居場所を見つけた」という安心感が大きかったです。

 

ですがやっと家から離れられて安心感を得ても、最初の数年は親の言うとおりに生きていました。

離れてもじゅうぶんな強さを発揮する毒

うちの親は、普通の親とは違うという認識はあった

実家暮らしの頃に毒親とは気付きにくい

 

うちの「親の異常さ」というものは感じていましたが、毒親とは思っていませんでした。

 

でも親のことは苦手だと感じ、心の底から嫌いと思うことも少なくなかったです。

 

ただそれは、「親が悪い」のか「自分が悪い」のか、それとも「性格が合わない親子」なのかは分かりませんでした。

 

でも友人たちは、親に多少の不満はあるだろうけども、確実に私よりは楽しそうないい親子関係を築いていました。

 

なんで、うちはちっとも楽しいことなんてない苦痛の親子なのかと悩みました。

 

私がおかしいのか、わがままなのか・・・?と考える度に思い出す言葉があるのです。

 

「親のことは大切にしなければいけない」という言葉。

 

昔から色々な大人から言われた言葉です。

 

「親のことを大切にする」ということは、特別変なものではなく、当たり前のこと。

 

ただ、いつも親の意見に縛られてきた私からすれば「違和感」も感じられる言葉でした。

 

でも違和感を感じつつも、間違った言葉ではない。

 

親を悪く考えることは「親不孝」だと思っていました。

 

どんなに親に罵倒されようが、叩かれようが、なぜか「親不孝」というものに恐れている自分がいました。

 

18歳になり、家を出ようと思った自分

 

本当は、家を出る予定なんてありませんでした。

 

でもこのままでは「自分がダメになる」ということだけは分かっていました。

 

私が高校生になってから、親と意見が合わずに、揉めることも少なくありませんでした。

 

最終的には親が力でねじ伏せて、無理やりその場を終わらせるパターンが出来上がっていました。

 

この頃は、親に対して何かを言うだけで、怒られていました。

 

親の思い通りの返事をしないと、何時間ものお説教コースというかただ感情的に怒鳴り散らすという最悪な時間のはじまりでした。

 

こんな状態の生活が毎日のように続けば、家にいたくないと思うのも普通のことです。

 

このまま家での生活していくということは、親の罵倒や叩かれることも続くということ。

 

このまま一緒に居ても何もいいことはありません。

 

だから家を出る決心をしました。

簡単に言っていますが、色々と考えた結果です。

 

簡単に説得することは出来ずに、高校を巻き込んだり、推薦入試で合格を貰った学校も巻きこんだり、再度学校を探し直しになったり等々・・・色々とありました。

他の人には大きな声では言えないレベルのゴタゴタがありました。

 

最終的に、担任や祖母の説得により、名義だけ協力してもらうことで了承してもらったのです。

 

ただ家を出たとしても親に借りを作ったようなものなので、親の言うことを聞きつつ、離れた生活をしていました。

 

あの頃は、親と離れて生活ができるだけでとりあえずハッピーでした。

 

ここまで許してくれた親に感謝しなきゃという謎の考えに至っていました。

 

結局、離れて暮らしていても、親を第一にという考え方が自分をどんどん苦しめていきました。

 

周りに指摘され気付き始めた親の異常さ

バイトを掛け持ちしながら大学に通い、親の言うこともこなす生活を送っていました。

 

親の言うことというのは、定期的に帰省し、実家の家事をこなすという二重生活みたいなことをしていました。

 

親が一人暮らしだけでも許してくれただけでありがたい一心でやっていました(笑)

 

ただ学校にバイトに親のこととなるとどこかつらい時期がやってくるわけです。

レポートや実習の時期などなど。

 

例えば親は実習より、帰省を優先しろという考えを押し付けて来ました。

普通ならありえない話です。

 

なんというか、毒親の思った通りに事が進まないとトンチンカンな方向に話が進んでしまいます。

 

私自身も親の洗脳というのもアレですが、洗脳がピークでしたので、実習を辞めてまで家に帰ろうかと訳分からん思考に陥ってしまいました。

 

どうせ実習をしている間のバイトは減らす必要があったし、どこかでお金が足らなくなる可能性が出てくるのなら、一度休学するかと・・・

 

たださすがにこれは学校や友達が止めに入りました。

 

さすがにおかしいと、実習に行かないということは留年または退学するということだよと指摘してくれました。

 

今までバイトを掛け持ちしてまで勉強を頑張ってきたのに、あっさり親の一声で学校を投げ出し、自分の将来までを駄目にするのかと怒ってくれました。

 

「はっきり言うけど、あなたの親は毒親だ」と言われました。

 

親のことを大切にすることもいいけど、逆にあなたの親はあなたのことを大切に思ってくれるの?と問われました。

 

周りに言われて、「確かに・・・」と思いました。

 

どんなに離れていようが、親の思うがままに生きていた自分。

 

親の言動や行動が嫌で家を出たのに、あの頃と変わらない現状かもしれないと・・・。

 

そこから今まで親にされてきた言動とかを検索したりして、毒親に当てはまるなと落胆したり、納得したりしました。

 

今まで気付いてなかったと言うより気付かないようにしていただけかも知れない

 

第三者に言われてやっと目が覚めたという状態でした。

 

毒親と確信してからの環境の変化

少しずつ自分の人生というものを考え始めました。

 

少しずつゆっくりと親からフェードアウトするようにした

 

いきなり親と距離を置くと大変になると思ったので、少しずつ距離を置き始めました。

 

電話が来てもその場では出ずに、メールで返すようにしました。

 

電話だと親の意見に押しつぶされると思ったので、メールの文面だけのやり取りだけになりました。(今はたまに電話はします)

 

うちの親は携帯操作が苦手でしたので、メールのやり取りだとネチネチした文面を遅ることに苦労をしていました。

 

最終的に業務連絡程度になり、あっさりしたやり取りだけになりました。

 

帰省は日帰りのみで外泊はしないと決めました。

 

外泊をするとすぐにあちらの空気に染まるので、長く滞在をしないようにしました。

 

こういう感じにある程度親をスルーし距離を置き始めると親も察し始めます。

 

今は、「ごはんをごちそうするから帰ってこない?」と言ってくれるようにはなってくれました。

 

とはいえ、ほぼ口だけなのでありがとうと感謝だけしておきます。

 

軽く書いていますが、毒親と気付いてから距離を置くことは大変でした。

 

周りを巻き込んで大騒ぎをして、最終的に親自身が胃痛状態となり、私が親戚たちに親不孝者と責められるという最悪な状況でした。

 

少しずつ距離を置いたつもりが、親にとっては少しずつでも予想外の出来事だったことだったのでしょう。

 

こうしていかないと自分のことを考えられませんでしたので仕方ないことだったと割り切っています。

 

さいごに

 

たぶん実家で親と同居する生活では、毒親とは気付かなかったと思いますし、夢も希望も何もなかったと思います。

 

あのまま家にいたら間違いなく心は腐っていました。

 

想像もしたくないほどです。

 

毒親と言っても親ということには変わりありません。

 

出来ることはしてあげたいと思う反面、最後は結局踏みにじられ傷をつくことになるのだろうと思っています。

 

中にはもう親のことはある程度放置でいいのではないか?と言ってくれる人もいます。

 

でもさすがに放置までは出来ません。

 

一人っ子ということもありますし、たった一人の親という想いもあります。

兄弟がいれば、辛さも分散できたのかな・・・?一人っ子は辛いっす

 

程よい距離で付き合っていきたいと思います。

適度に無視をするということです。

 

そして毒親の海は遠ざかりつつありますが、過去のツライ記憶を思い出してしまい無駄に悩んで落ち込む日もあります。

 

正直、自分との戦いなのか親との戦いなのか分かりません。

 

こうやってなんだかんだ親に消耗していく人生なのかもしれません。