人間関係

毒親と気付いたのは家を出て外の世界を知ったからだった

私みたいに自分の親が「毒親」だと気付いたのは、家を出てからという人もいると思います。

 

普通は親元を離れれば、改めて親の有り難みに気付くと思います。

 

でも私は、有り難みは一切ないとは言いませんが、感謝の気持ちは少なく、やっと自分の場所を持てるんだという安心感が大きかったです。

 

ですがやっと家から離れられて安心感を得ても、最初の数年は親の言うとおりに生きていました。

 

家を出て数年は毒親とは思っていなかった

離れて暮らしていても親の要求に答えていました。

 

嫌で家を出たけど、毒親とは思ってはいなかった

 

うちの親の異常さというものは感じていましたが、毒親とは思いませんでいた。

 

でも親のことは苦手だと感じ、心の底から嫌いと思うこともありました。

 

ただそれは、親が悪いのか自分が悪いのか、はたまたただ性格が合わない親子なのかは分かりませんでした。

 

なんで他の親子は楽しそうなのに、うちは苦痛なのかと悩みました。

 

本当は子どもである私が異常なのかと・・・。

 

そこまで親子関係に悩むのに、親のことは大切にしなければいけないという考えだけは染み付いていました。

 

ただこれだけは譲れませんでした。

これからも親の罵倒や叩かれる生活は嫌ということ。

 

このまま一緒に居てもいい方向には進みません。

 

だから家を出る決心をし、お金は自分で賄っていきますので、名義だけお願いしますとなんとか説得しました。

 

ただ家を出たとしても親に借りを作ったようなものなので、親の言うことを聞きつつ離れた生活をしていました。

 

あの頃は、離れられるだけでとりあえずハッピーでした。

 

ここまで許してくれた親に感謝しなきゃという謎の考えに至っていました。

 

この親を第一にという考え方が自分をどんどん苦しめていきました。

 

周りに指摘され気付き始めた親の異常さ

 

バイトを掛け持ちしながら大学に通い、親の言うこともこなす生活を送っていました。

 

親の言うことというのは、定期的に帰省し、実家の家事をこなすという二重生活みたいなことをしていました。

 

親が一人暮らしだけでも許してくれただけでありがたい一心でやっていました(笑)

 

ただ学校にバイトに親のこととなるとどこかつらい時期がやってくるわけです。
レポートや実習の時期などなど。

 

例えば親は実習より、帰省を優先しろという考えを押し付けて来ました。

普通ならありえない話です。

なんというか親の思った通りに事が進まないとトンチンカンな方向に話が進んでしまいます。

 

私自身も親の洗脳というのもアレですが、洗脳がピークでしたので、実習を辞めてまで家に帰ろうかと訳分からん思考に陥ってしまいました。

 

たださすがにこれは学校や友達が止めに入りました。

さすがにおかしいと、実習に行かないということは留年または退学するということだよと指摘してくれました。

今までバイトを掛け持ちしてまで勉強を頑張ってきたのに、あっさり親の一声で学校を投げ出し、自分の将来までを駄目にするのかと怒ってくれました。

 

はっきり言うけど、あなたの親は毒親だと言われました。

 

親のことを大切にすることもいいけど、逆にあなたの親はあなたのことを大切に思ってくれるの?と問われました。

 

周りに言われて、確かに・・・と思いました。

どんなに離れていようが、親の思うがままに生きていた自分。

親の言動や行動が嫌で家を出たのに、あの頃と変わらない現状かもしれないと・・・。

 

そこから今まで親にされてきた言動とかを検索したりして、毒親に当てはまるなと落胆したり、納得したりしました。

 

今まで気付いてなかったと言うより気付かないようにしていただけかも知れない

 

第三者に言われてやっと目が覚めたという状態でした。

 

 

毒親と確信してからの環境の変化

少しずつ自分の人生というものを考え始めました。

 

少しずつゆっくりと親からフェードアウトするようにした

 

いきなり親と距離を置くと大変になると思ったので、少しずつ距離を置き始めました。

 

電話が来てもその場では出ずに、メールで返すようにしました。

電話だと親の意見に押しつぶされると思ったので、メールの文面だけのやり取りだけになりました。(今はたまに電話はします)

 

うちの親は携帯操作が苦手でしたので、メールのやり取りだとネチネチした文面を遅ることに苦労をしていました。

最終的に業務連絡程度になり、あっさりしたやり取りだけになりました。

 

帰省は日帰りのみで外泊はしないと決めました。

外泊をするとすぐにあちらの空気に染まるので、長く滞在をしないようにしました。

 

こういう感じにある程度親をスルーし距離を置き始めると親も察し始めます。

今は、「ごはんをごちそうするから帰ってこない?」と言ってくれるようにはなってくれました。

とはいえ、ほぼ口だけなのでありがとうと感謝だけしておきます。

 

軽く書いていますが、毒親と気付いてから距離を置くことは大変でした。

周りを巻き込んで大騒ぎをして、最終的に親自身が胃痛状態となり、私が親戚たちに親不孝者と責められるという最悪な状況でした。

 

少しずつ距離を置いたつもりが、親にとっては少しずつでも予想外の出来事だったことだったのでしょう。

こうしていかないと自分のことを考えられませんでしたので仕方ないことだったと割り切っています。

 

さいごに

 

たぶん実家で親と同居する生活では、毒親とは気付かなかったと思いますし、夢も希望も何もなかったと思います。

 

あのまま家にいたら間違いなく心は腐っていました。

 

想像もしたくないほどです。

 

毒親と言っても親というのは変わりありません。

出来ることはしてあげたいと思う反面、最後は結局踏みにじられ傷をつくことになるのだろうと思っています。

 

中にはもう親のことはよくないかと言ってくれる人もいます。

でもさすがに放置までは出来ません。

一人っ子ということもありますし、たった一人の親という想いもあります。

 

程よい距離で付き合っていきたいと思います。

 

そして毒親の海は遠ざかりつつありますが、過去のツライ記憶を思い出してしまい無駄に悩んで落ち込む日もあります。

 

正直、自分との戦いなのか親との戦いなのか分かりません。

 

こうやってなんだかんだ親に消耗していく人生なのかもしれません。