雑記

毒親との過去に区切りをつけないとずっと苦しいままだと思う日々

今は何事もないように暮らしている。

毒親から離れて暮らし、経済的にも自立し、自分の家庭もある。

 

毒親も自身の病気がきっかけで、一人でいるのが嫌なのか分からないが、ちゃんとした謝罪はないが今までのことを少し申し訳ないと思うようになったらしい。

態度も少しずつ軟化し、毒もだいぶ薄れてきたからか、昔よりかは優しさが出て、親らしいと言える人にはなっている。

 

でもどんなに昔とは違って優しさのある親になったとしても、私の中では、一生毒親だと思いながら接していき、心を開いて仲良く話す日は永遠に来ないとは思います。

 

結局、どんなに親が変わったとしても、過去はなかったことには出来ません。

表面上はうまくやってはいこうとは思いますが、何十年と苦しんだからか、簡単に忘れないんですよね。

 

勿論、過去のことを憎んでもどうしようもないことで何も変わらないですし、過去よりも未来を考えて生きるべきというのは、頭の中では分かっているつもりですが、実際はそう簡単にはいかないです。

 

でもどこかで毒親に対して区切りをつけていかないと、ふとした瞬間に辛くなって、また傷つき、心身共に消耗していくのだろうと・・・。

 

辛くて、悩むたびに思うんです、こんなくよくよした人生を終わりにしたいって。

 

これからどうやって生きていくべきか、また心の整理を兼ねて書いていこうかと思います。

 

親不孝発言多め。

人によってはイライラ、モヤモヤすると思います。

そういうのが苦手な方はブラウザバック推奨です。

 

 

過去は変えられないけど、少しでもあの頃になりたかった自分に近づけば楽になるだろうか

 

何をやっても毒親がつきまとう感覚

 

あと数年で30代に突入する自分、10代と20代の数年は毒親に潰され、人生を決めるであろう重要な進路まで好き勝手に決められてきました。

 

自分が入学した学校も働いている職業も世間体(親の脳内妄想)に良いからという理由だけで決められたものです。

 

どんなに今の仕事に不満もなく、やりがいを感じながら働いていても、自分の意思で始めたものではなく、親の敷いたレール上のものとしか思えず、親によって転がされて生かされているようにしか感じてしまうときがあるのです。

自分でもびっくりするぐらいネガティブな思考(苦笑)
今の仕事を嫌っている訳ではなく、今まで関わってくれている人たちにも感謝しています。

 

私が将来学びたかったこと、なりたかった職業になれなかったことに心残りがあるからそう思うのです。

まだ進学が出来て、家を出れただけマシだというのは分かっています。

自分でもワガママをいっているとは思います・・・。

 

でもまだはっきりと毒親と気付いていない頃から、違和感しか感じない家を出たいと考えていたのです。だから高1から準備を始め、学費も生活費も迷惑をかけないと、説明、説得をし、許可を得た上で進めてきました。

 

それなのに高3の夏、急に進学反対と騒ぎ、気付けば親戚も加勢して「進学反対・地元就職しろ」とのこと。

本当は最初から進学反対だったけど、一人でやれるはずがないと思っていたが、一人でやれそうな勢いだから阻止したそうな(苦笑)

要するに「親の世話をしろ」というわけです。

 

詳しい話は気持ち的に消耗するので避けますが、学校を巻き込んだ話になって大変でした。

最終的に学校と祖母が味方になって協力してくれて、進学ができて、家を出れることにはなりましたが・・・その代わり、親が決めた業種になることが条件となりました。やりたいこととは全く違うものでしたが、説得する力は残ってなく、家を出れるだけマシと無理やり納得しました。

とはいえ、当初の予定通り、学費・生活費は自分で賄っていましたので、親に従う必要はなかったのではと思う反面、親の名義は必要だったしなと・・・今もなんとなく悩みます。

 

あの頃は、良くも悪くも親の言うことに従うしかなかった無力な人間でした

親のせいにするなとか色々な声が聞こえるときがありますが、毒親というのは子どもの思考までも奪うというか、言葉では言い表せないことが色々とあるのです。

それにここでしか弱音を吐かないのでお許しを。

 

あれこれ言いましたが、私は自分が進む道まで通せんぼしてきたのが許せないというか悔しいのです。

今まで散々、暴言等で傷つけられてきましたが、やっぱり一番悔やむのは、自分の進む道まで従わされてきて、その時の選択が今の人生に大きく影響されているからこそ、こんなにも卑屈に思ってしまうのかなと・・・。

 

でも簡単に私のやることに賛成や応援をしてくれる親ではないので、私の考えが甘かったのかもしれませんね。

 

何度も言いますが、今の仕事は好きだけど、過去のやりたかったことができなかった自分に未練があります。

 

それと親に度々言われますが、お前(私)がその仕事をやってくれると俺の評判がいいと言われたことが耳から離れないのです。

 

何でも悲観的に考えるのはだめだと思いますが・・・

私の行動全てが、親の評判に直結される考えがなんだか気持ち悪いのです。

 

何をやっても、毒親がつきまとう感じが何かダメなんです

 

これからは自分の意思で決めて、行動をすることが過去への反撃になるのではないかと考えるようになった

 

自分の意思で決めて行動するなんて普通のことですが、毒親育ちだとそうはいかないときがあるのです。

そして、今の私は昔よりかは自分の意思で動けていますが、今の人生の根底は毒親にある気がしてどこか気持ち悪さが残る気がして、自分の意思なのだろうかと思うときがあるのです。

 

なんだろうな、

今の仕事をやっていくにしても、親が決めて始めたということではなく、自分が納得した上で始めた仕事ということに塗り替えていきたいのです。

具体的にどうするの?って自分でも感じますが・・・(笑)

 

とりあえず、あの頃やりたかった分野の少しでも近い資格を取得すると決めました。

できることなら行きたかった大学に入学してとは考えましたが、色々と現実的ではないので、資格取得後または同時進行で通信で学ぼうかとは考えています。

 

資格取得後、資格を活かした仕事をするか、今の仕事を頑張るかはあとから考えますが、

今の自分にとって、自分の意思で決めて、行動し、成し遂げるという成功体験が過去への反撃になるのではないかと考えるようになりました。

 

これに限らず、親に理不尽に否定されてきたきたもの全てを取り戻してやる勢いで、なりたかった自分というものになろうかと思います。

 

ちょっと前を向くくらいじゃ何も変わらないけど、私の中では、前向きに自分のことを考えられただけでも進歩で、なんだか明るい未来が見えるような気がしました。

 

今からでも親が無理やり敷いたレールではなく、自分で敷いたレールで生きていこうという決心がつきました。

 

今まで毒親から距離を置くので精一杯でしたが、もう少し自分の未来というものを考えるべきでした。

 

今から歩む人生は、全て自分が決めたと自分で納得できるように生きるのが目標。

 

これで過去と区切りをつけれるかは分からないけれど、とりあえず「やって確かめてみよう」という感じで、重く考えずにやっていこうと思います。

 

おわりに

 

うまく言えないし、何をやるにも不安はあるけども、否定され続けた自分とは決別し、自信にありふれた自分になりたいのです。

 

正直、今の生活を維持しながら、新しいことに挑戦をするのは大変ですが、どこかで大きく動いて過去の自分から脱却しないと、いつまでも毒親との過去を引きずるだろうから頑張っていきたい。

 

資格とかの大きな挑戦以外にも小さなことにもたくさん挑戦をしていこうと思います。

 

小さな挑戦というのは、(例えば)大人の塗り絵で、自分の好きなように色を塗るというトレーニングをはじめました。

 

人によっては、塗り絵?トレーニング?と思う方もいるでしょう。

私は幼少期に塗り絵をやっていたのですが、好きな色で塗らせてもらえませんでした。

 

例えば、リンゴを青色に塗ったら、赤色だろって怒鳴られました。一般的な色としては正しいとは思いますが、塗り絵くらい何でもいいじゃんと思うのが本音。

塗り絵に限らず、遊びですら、親の考える小さな範囲で行動をさせられるのが苦痛だったのです。

 

だから手始めに、塗り絵から挑戦して、親の価値観で固くなった心の中をどんどん解放できるようにやっていこうと思います。

 

どんなに頑張っても子供時代は戻せないけど、今を前向きに生きれば、いつか自分の納得する人生が歩めるだろうと信じて、今日も前に進んでいきます。

 

感情の赴くままにわーっと書きましたが、また追記しようかと思います。